Q:こちらは子供用のも古い楽器を売っているんですね。古い楽器っていいの?

A:
 何でもそうだと思うのですが、綺麗なものや上出来なものをつくることは、いとも簡単なのです。高い材料を買って、手間暇をかけるだけです。末端価格は上がりますが、よければいいなら簡単なんです。そういう意味では却って一流なんてそこら中に転がっているんです。
 望んでもなし得ないのは、時が施す加工です。幼児に老人になれといっても無理なのと同じです。特殊な化粧で真似をさせることは出来ますが、それは先程の綺麗なものを作るのと何等変わらず、一寸小細工をしているだけです。

 何も古いものが万事万全によい、とは申しません。古い車は燃費も悪いし危険でもあります。古い船は何処かで沈みそうですし、古い飛行機があちこちで落ちますと空路を選ぶのを憚ります。古い時計は?朝飛び起きて、時計の指す時刻に焦り車を飛ばしても、次に時計を見ると「停まっていることに気付かず」な〜んだ、まだ時間あるじゃない、とばかりに余裕をカマして遅刻して、運が悪ければ人生が狂ってしまったり..。これはうちでは月に一度は必ずあります。その度に「ぜんまいを巻け」と怒られてしまいますが、うちの子が皆勤賞をなし得ない理由の一つでもあります....。

 バイオリンは生憎余り寿命がない楽器です。寿命が短いのではなく、決めようがないのです。幼少期にバイオリンを習っていた経験がある人が、今でもその頃の小さな楽器を大切に手入れをし弾いているなら実働の楽器ですが、同じ経験があっても何処かにいっちゃったとか、捨てちゃったとか、燃やしちゃった、となりますと、既に寿命を終えています。この場合、寿命は引導を渡されて訪れたことになります。誰かが決めない限り寿命がないのです。何故そう言うのかですが、よりによってバイオリンを完成し売り出したという、発明者ともいえる人の製品がまだ使われている有様なので、そうでも言わないと引っ込みがつかないのです。
 実際、古い楽器はたくさん使われています。フルサイズですと新作でも充分音も出ますし今風の強い弦も安心して使えますから通常新作を求めても何等問題はないです。でも、同じような値段で百年とか二百年とか経っている楽器も買えてしまうもので、事実ですがバイオリンは中古という言い回しそのものをしないものでもあります。
先生や、先輩が、真っ黒けでコナコナでハゲハゲのバイオリンで面妖な程の名演を披露してくれたりする機会に触れると、ちょっと古い楽器も使ってみたいな、などという欲求が沸々と悪戯心を沸かし出す。小さなお子様が、ソノコロになってそうして燃え上がり、古い楽器でないとダメ、などとコンプレックスを抱く例は沢山見ています。
 お子様がたには、バイオリンで演奏することを習うだけでなく、バイオリンの世界観も身に付けて欲しいと考えています。新しいものも、古いものも、同じ楽器として現役の機能を提供してくれる「だけ」であるという、醒めた認識を持って育って欲しいと思っています。

 もう一つ、重大な理由があります。発表会で日常を忘れる程のおめかしをして人前に臨む時、みんな同じ赤くてピカピカの楽器というのは結構普通です。でも先生たちや大きなお兄さんお姉さんは、しっかりお洒落しても黒々した古い楽器を使っている姿もまた普通です。身近な先達の人たちと、同じようなことが出来る可能性だってあるべきです。特別の自分が、唯一無二の、時間しか創り出せない雰囲気をたたえた楽器でかっこよく演奏するお洒落心を経験する機会をあげたいとも思っています。

 ただ、古い楽器が割高なのは御勘弁下さい。昔習ったと言う人が十人いても、投げちゃった〜という人が9人もいては、生き残っている楽器は一個だけになります。実際残存率はもっと低いものです。仮令残されていたとしても、虫食いだらけで起こせない楽器も随分あります。20年も経ってしまうと、そのまま使える楽器はほぼ皆無というのが現状です。1/16とか1/10といった小型の楽器は大抵ファーストバイオリンであり、思い出の印に大抵は取り置かれますので、状態に依らず譲ってもらえる可能性の方が低くなりますから尚更です。その希有の中から当店に出会い、凡そ多大な手間を掛けて改めて楽器の機能と演奏性を作り出していきます。稀少に稀少が重なって挙句の手間暇ですから、一寸御値段が張ります。

 音色等に関しては、楽器が小さくても、やはり古い楽器にはそれしか出せない音色があることは否定出来ません。お子様は小さな音の違いにも敏感ですから、新しいものと古いものを試して頂くと、古いものの方を気に入って頂ける例の方が圧倒的に多いのです。何故かは説明出来なくても、弾き易い、と大抵は仰り、綺麗な新しいものより古いものから先に出ていってしまいますが、寿命のない品物の不思議な導きを都度感じます。

 必ずいいとは申しません。でも、良いと仰るのですから、仕方ないんです。

 欲張ってあとひとつ、訳を述べさせて頂ければ、バイオリンがお習い事として最も達したのは70年代、その10年位前に分数バイオリンは満遍なく研鑽され達成しています。80年代中ごろになりますと、一時期猛烈に品質を落とし、再興を見る迄15年程度必要とします。格別1/4以下の小型分数楽器においては、内国産の最盛期が50年代中期〜80年頃で、この時期の楽器は「後世に伝える必要がある財産」と感じています。全てがいいものではなかったのは確かですが、時を経て時間が育てていますので、手の入れようによってかなり化けてくれる年代でもあり、失われていくのが残念なのです。

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