Q:弦の変更(ブランドや材質、ゲージのことで)

A:
 弦の変更とは、「同じブランド、同じタイプ」の弦と『交換』するお話ではなく、「違うブランド、違うタイプ」に『変更』する時のお話です。

 スチールとナイロン、ガット各々で、例えばG線が同じ太さかというとこれが、全く違います。同じメーカーで同じ芯線材質であっても、別の名称の商品になると皆変わって来ます。
 ナイロンやガットという、水より軽いような素材では、スチールより太くしないと楽器を鳴らし、長期間の高張力に耐える性能は得られません。また、やはりナイロンやガットは素材が高価な為、価格対性能という話になると、より高性能主に音量面でそれを望まれようものなので、安いスチール弦に対比して外巻きも多くされる例が殆どです。さらには、密度が大きなナイロンやガットへの巻き線処理は、スチール程無理が利かないので緩み易くなりますから、耐久性の向上の為にも巻き重ねを増やします。それらが伴い、さらに太くなります。また、それら意匠の為に、G線よりD線が太いという例も見るものです。
 スチール弦は、その比重と耐久性から、張力を抑える為にうんと細くすることも出来ます。つまり、スチールだから決まったゲージで出来ている訳ではなく、様々な太さや巻き数という、意匠があるのです。

 太く重くなった弦は、弓の毛に接触する断面円周上におけるセクタが増す為、当然乍らやんわりとした振動が得られるようになります。大概の意匠では大きな音も得られますが、こちらは接触点が極一点から面に近くなることからくる御利益という話なのですけれども、問題はそれに楽器がついて来るのかということです。逆に弦を細く緩くしたいときに、弦高は足りるか、ナットはブカブカではないか、唸り消しが現れないか等心配の種は尽きません。

 時として、こと比較的安価なシリーズ品に多いのですが、元々載っていたスチール弦をナイロン弦に替えたりした時、鳴り切らないで弦の振動を逆に阻害する楽器に出会います。これは、楽器の方の調整が、それら「高性能を期待されることを予期して」設計された種類の弦に与えられたエネルギーを受け止められるようにされていないことから起こります。ところが、弦を替えなくても元からそれら高性能高価格弦が載っているにも関らず、そういう現象を示す楽器もありますが、こちらは明らかに調律の不適切ですのでここでの問題とは主題違いです。

 弦の種類を、楽器に元からスチール弦が載せられていたものをナイロン等に交換する際には、先ず、ナットの溝掘り(拡張)が必要になって来ます。逆の場合はナットを交換する必要が生じます。これを正しく行わないと、緩い巻き線という特徴を持つナイロンやガットの弦の外巻きが剥がれ易くなったり、ナット部分の弦高が上がってしまう問題をその後背負い続けることになりますし、逆に細い弦にする時は、ナットの溝の中で弦が暴れ、雑音になるのです。
 同時に、弦の特徴を活かす調律をしなければなりません。専ら、ブリッジの高さや重さを調整(時にはブリッジ交換が伴います)し、魂柱の位置のみでなく長さも再検討します。テールピースの設置長を変更したりして雑音消しをする必要もありますし、スケール長の変更が必要になって来ることもありますし、とんでもない例では、ネックのセット角を改める必要が出たこともあります。

 参考迄に、専ら要求される弦の高さに触れておきます。調律としてはこれだけでは全く入口程度ですが、せめてこの寸法になければ、バイオリンが楽器として機能しないといわれているものです。数値は指板ブリッジ寄り・3オクターブポジションで計測、エンドではありませんが、指板の長さが楽器によって異なる為です。

 あなたの楽器が、これより高い弦高なら、早々に調律すべき状態といえます。が、大体買って来た侭では、倍も弦高があって当たり前、なんです。
 上記の数値は、誰でもがブリッジを削り落とせばOKというものではなく、この数字で弦の振動幅を損なわないように、つまりビリツカナイように指板やナットのセットも必要になって来ることからみても、如何に調律が大事か分かるでしょう。同時に、ここまで追い詰めたセッティングをされている「実戦的な楽器」に関していうなら、当然ですが、天候気候の影響を受けるとか、弾き始めと何分か弾いた後とでは響きが違うとかが必ず現れる筈です。
 バイオリンファミリーの楽器は、演奏していれば楽器が立って来ます。ネックでみると、上がっていく状態です。上記の数値は楽器が立ち切ったところでそうなる数字で、ケースから出して弾き始めて暫くは、ほんの少し、高くなるかも知れませんが、それはミリ単位ではなく、数分の一ミリ単位でしょう。しかし、それでArcoでジャリジャリが続かないように、Pizzでじゃりっぱなしにならないように、セッティングされることも調律です。
 ただ単に弦を買って来て載せ替えて、楽器が素直にそれを受け入れるケースの方が少ないもので、弦を替えた結果が思わしくない場合は、それら「肝心な調整」をする必要に迫られていると考えて下さい。しかしそれは、時として別の楽器を作る位大工事になることもあります。

 スチール弦からガット弦に替える為には、ブリッジもナットも交換しなければならないことになります。ナイロン弦ならちょっとビビリが出る程度で納まる場合もあります。ガット弦からスチール弦への乗り換えに関しては、指板の反りそのものの見直しも必要になります。

 エレキギターのことをいうと、曲目や曲風ごとに特徴付けられている音像や奏法、調弦の為に、ゲージや芯材の種類の違う弦を張った幾つもの楽器を持ち替えて演奏されることが多くあります。これも単純に弦だけ載せ替えられているのではなく、ナットやブリッジの溝のフィット、弦高、ネックの反りや、ピックアップの高さ、場合によってはフレットの厚みや高さ迄変更します。つまり、一度弦を変えた楽器はその弦のパフォーマンスに合わせて調律され、安易に元に戻すことは出来ないのですが、必要だからこそそうして、幾つもの楽器を携えるのです。こういうことに造詣がないと、エレキギタリストとしてデビュー等無理な相談です。エレキ程複雑でないとしても、アコースティックギターでも同じことです。こういうところまで踏み込んでちゃんと音楽をやる人が求めるエレキギターは、オールドバイオリン程ではないにしても少なくとも新作の工房ものバイオリン程度の値段はするものですが、それにさらに手を加える訳ですから愈々面倒な為、最初から指定のセッティングで「オーダーメード」してしまう例が殆どです。
 フェンダーのエレキギターは、ネックがネジ留めでいかにも安物そうですが、これはこういう調律をフレンドリーにするアイデアです。厚みや高さや弦高を調整したフレットやナットを持つ(簡単にいっていますがこの調律は楽器本体より高価な作業です)ネックを、ネジ留めにしておけば簡単に別のセッティングのものに変えられる為、即日とはいかない迄も、工房で何日も楽器を預かることなく別のセットの楽器を作ることができるし、元に戻すことも出来るという訳です。

おなじことがバイオリンにも言えます。

 弦は、何も楽器の「用品」ではありません。音の元となる、楽器の一部なのです。音を作るのは、確かに弓を振るう奏者自身ですが、具現化するのは楽器とそれに施された調律です。弦は大抵ショーモナイパッケージに入っていて、大して嵩もなく、値段も日当程度ということから安易に求めがちですが、載せ替えられる楽器にとっては、「他人になれ」といわれているくらいストレスを伴う大改造なのです。タバコの銘柄を変えるのと同じようにはいきません。
 例えばあなたが学生さんだとして、突然に、「どこそこの倒産寸前の会社を立て直さないと単位をやらない」と言われたらどうしますか?。人間だからそんな理不尽は「人道的にみて」実行されないと思いますが、バイオリンはお品物なのでそう道徳的な配慮はして貰えないのは仕方ないとしても、受入れられるか否か、実行出来るか否かは人にそういう無理を課するのと差程違いはないのです。非道徳を実行しているのが奏者自身なのか、はたまた店なのか、メーカーなのかその時次第で何とも言えませんけれども、もしその必要があるのなら、品種を変えることが好ましいかどうか、一度載せてみないと分からないにしても、替えた後は、「音質が変わった」などというアタリマエの現象に酔って居ず、どのような変化が現われているのか、果たしてその変化を異常として否定し元に戻すか、調律し矯正するか、必ずよく知っているお店に診せて判断を仰ぎましょう。無理だけは絶対に通りません。

弦を変えることくらいとあなどれません。たかがこの程度のことでも、お品ばかりでなく、材料も、技術も必要になって来るのです。

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